創業からの歴史や企業の特徴について

kisanuki-1創業当時は『木佐貫陳列家具製作所』という社名で、規模も企業というイメージではなく、長屋の玄関先に丸ノコなどの機械をおいて家具を作っているような、本当に小さな作業スペースがあるだけの工房でした。創業者である父が急逝したことから、私は先代の思いや理念を学び取る時間もなく、昭和61年に社長に就任することになりました。とにかくなにもかもが初めての経験ばかりで、右往左往しながら身体で経営を学びました。
 その後、平成4年に『株式会社木佐貫製作所』という社名に変更するとともに組織変更もして、それからは、若手育成をはじめ専門機械やコンピューターなどをいち早く導入するなどして母体づくりに力を注ぎました。
 そんな中、このたび平成28年をもちまして「創業50周年」を迎える節目の年となり、社名も新たに『(株)キサヌキ』と変更し、時代に添った新たな取り組みをするべく準備をすすめ現在に至っています。

若干21歳という若さで会社を受け継ぎ、一番苦しかったこと

kisanuki-3 やはり若すぎたせいか、父親の代からお付き合いがあった地元の企業にも、いざとなるとまったく相手にされませんでしたね……。先代の理念や方針などを受け継いだり、地域や業界においての信頼関係の第一歩を構築する時間もなく社長に就任したため、経営や仕事に対する未熟さを痛感する日々が何年も続きました。その時に、あらためて父の存在のありがたさを思い知らされました……。
 しかし、今思えば、そうした経験こそが私を成長させてくれたと思いますし、その時にひとつひとつのトラブルを自分流で解決せざるを得なかったことが、今となっては大きな財産であり強みになっていると考えます。性格的にも、人一倍というより「人五倍」は負けず嫌いでしたから、どうにもならないような状況であっても、「家族や当時雇用していた職人を養わなければいけない。そのためには自分の身体で仕事を生み出さなければならない」という強い気持ちを持って自分を奮い立たせつつ、そして何より、社員や家族の協力に支えられ、どうにか今日まで頑張り続けることができました。

当時の目標

 当時は、どんなにひいき目に見ても、自分の会社が延岡市内最下位の零細企業にしか思えず、とにかく地元で一番になることを目標としました。とはいったものの、成功事例があるわけでもないので、まずは、大阪にある建築関係の知人を頼り、社長になって最初の仕事をいただくことになりました。初めは仕事のルールやマナーも分からず、幾度と無く失敗を繰り返したりもしましたが、みなさんのご協力のおかげもあり、少しづつ成長し、やがて日本マネキンという大手企業と仕事ができるようになり、徐々に目標も地元から県内、さらには九州から全国へと広がっていきました。会社を成長させるため、社員一同、常に高い目標を持つよう心がけています。もちろん、今でもその当時にお世話になった方々へのご恩を忘れることはありませんし、しっかりとお付き合いもさせて頂いております。

現在のように飛躍した大きな要因は

kisanuki-2 地元だけでなく、大阪や東京をはじめとした、県外からの仕事を定期的に受けることができるようになったことが大きいと思います。ただ、当時は現在のように、インターネットメールや携帯電話などが無い時代でしたので、移動時間を短縮させてタイムリーに仕事を進めるために、当時では延岡市内でも大企業支社や県病院など4箇所程度しか設置されていなかった「ファクシミリ」を思い切って導入したりもしましたね……。今となっては笑い話ですが、メーカーさんに「ファクシミリを買いたい」と依頼すると「貴社のような零細企業がなぜ必要なのですか?」といった苦い返答をいただいたこともありました……。


 そして仕事の受注に合わせて、どんどん最新の工作機械を導入することにしました。いい仕事ができる機械があれば仕事を増やすことができ人も雇用できる。ですから、家族や親族に力を借りて、他企業が 持ち合わせないようなプレス機・切断機などを揃え、設備の充実を図ることを優先しました。きっと、売上のバランス的には、「ちょっと無茶な投資ではないか」と、家族や社員には心配される部分もあったかと思います。自分では無茶だとは思っていませんでしたが、まあ、その部分に関しては「自分を信じてくれ」と説得するほかなく、言ったからには頑張るしかありません。結果的には、おかげ様で、それまでとは異なる多様な仕事を受注できるようになり、会社のスキルアップに大いに貢献する形となったのでほっとしています。

仕事をする上での理念を教えてください

 理念というより、深く考えないというか?とにかく頭に浮かんだらすぐ行動します。そしてなにより、その瞬間瞬間を大切にし、常に全身全霊100%で挑むよう心がけています。性格的な部分もあるとは思うのですが、妥協が大嫌いなので、昔から納品する商品に少しでも欠点を指摘されれば、赤字覚悟で即座に持ち帰り作り直しました。社員達は自分のそんな行動を横目でうかがってはいましたが、それでも、「社長が気にいらないのなら!」と、真摯に取り組んでくれました。だからこそ技術とともに、職人魂(こだわり)を磨くことができたのだと思っています。

人材育成について

 社員教育では、社是にも掲げている「非凡な事を平凡にする」を常に伝えています。挨拶をする・掃除をする・時間を守るなど、人が生きる上で当たり前の基本ですが、実は大人になっても自分を律し、謙虚な姿勢を忘れることなく実践し続けることは難しいと思います。ものづくりにおいても、基本ができなければ、さらに難易度の高いものはつくれないので、社員にはもっともっと基本が体に染み付くことの大切さを理解してほしいと願っています。

50周年を迎えて新たに取り組むこと

kisanuki-4 必要な事は人にまかせず自らの手で創りあげる『隣地必買』を根底に、 『成長する力』というテーマを掲げました。『(株)キサヌキ』の事業に関わる建材・木材などの資材から、ガラス、塗装、運送などを経て、完成するまでの全てをトータルして管理できるような会社づくりに取り組んでいきます。外注では管理できなかった作業工程などの細部に目が行き届くようにすることで、圧倒的な信頼を得られます。
 さらに、その中にはもう一つの『事業継承』という重要なキーワードが含まれてい ます。自らの手で仕事をつくることで、『一人一業』を担うことができる。私が社長就任後に掲げた企業理念である『ものづくりは人づくり』をもっと大きなスケー ルで展開できると期待しています。

プライベートについて

kisanuki-5 幼い頃から「釣り」が趣味です。天気・休みがそろえば、必ず朝3時に起きて磯へ渡り、釣りを楽しみます。都合のいいことに、我が町延岡市は、全国有数の磯釣りのメッカでもあります。誰にも干渉されない一人の時間なので、色々な思いを巡らせながら心の洗濯をしています。釣りと言っても、漁師ではないので闇雲に釣り上げるわけではありません。私の狙 いは『イシダイ』なので、対象魚以外はリリースして、釣れなければ手ぶらで帰ります。近所で楽しみに待って下さる方も多いので、持って行くととても喜んでもら えるんですよ。こんなことも地域・地元貢献になっているんでしょうかね(笑)。
 ちなみに、あるとき磯場でこんな面白い出来事がありました。近々依頼されていた企業会での挨拶を練習しようと、私は磯場で帽子をとってお辞儀をしたんです。すると、対岸にいた釣り人が私に帽子をとって深々とお辞儀をしてくれたことがありました。きっと「海に深々と一礼するとは、なんて礼儀正しい人なんだろう」と思ってくださったんでしょうね(笑)。そんな風にして、頭に浮かんだ事を取り留めなく広大な海原へ吐き出し、脳みそを常に新鮮な状態に保ち、余白を持てるようにしているのだと思います。

大切にしている言葉

 意識している言葉はたくさんあります。常に何かを瞬間的に感じとろうと100%努力していますし、それに対する行動も100%の力で向き合おうと心がけています。そんなことから、「瞬間」と「感覚」という言葉を大切にしています。